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プロフィール
yamanouchifumitaka
83年7月生まれ、A型、男、いのしし年、かに座。山と内の間に何も無いが、先祖代々の秘密の力で無いはずの音「の」を召還し「やまのうち」と読ませている。戸籍に読みがなは無いという噂を聞くがそういうのをリアルに調べるのはそういう話じゃないしふとくねえのである。
東北生活文化大学 生活美術学科卒 宮城県仙台市在住
意味わからないものを作成しています。
 最近の1番は「トイストーリー3」
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2016年01月29日

時空(とき)の統治領内(なか)にて…!の巻

2015年

9月
 大切な体験もあったはずだが思い出すのは容易ではない。雰囲気的にバンド・なこなウルモフの『ゆれてたグラフィティー』のMVがかろうじて半袖で撮影されているので、それをやっていたはずと思い返しながら、今ここにいる。いつもそう、いつだって今この瞬間が問題なんや。
 ゆれてたグラフィティーは2015年唯一のなこなリリースとなった。

 シェル美術賞の締め切りを思い出せないが月末あたりだったように思う。体力的にすり減ってる感が常にあり、日常の制作も全くやっていなかった。この2015年ちょうど生活美術学科120記念展が控えており、卒業制作から10年。ひとつ区切りのように思えてきていた。
 公募展締め切りの前の晩1時に黒い線と白鳥しか書いていない心もとない白い画面を見ながら、もう徹底的に疲れたなと思った。ような記憶がある。一定時間これまでの絵を書いて展示して見に来て貰うという日々について振り返る時間があって、踏まえて制作したというのは自分の日記的な意味としては思えば興味深い。
 笑ってもらうことはとても嬉しくそれも鑑賞の楽しみの一つとして十分な見方だと思うけど、自分が好きなのは構図の張り詰めであり、少しのこぼれ落ちる感情があくまで主体になるはずだった。この10年はそれを求められるようにできなかった自分の敗北でしかない日々であり、割り切ることのできないほど好きなのにそこまで根を詰められず時には自らズレていくことさえあったかなり酷いものに思えた。
 そして今自分が考えていることといえばこれまで積み上げていないけどどうすれば積み上げているように見せられるだろうかというどうしようもないことで、もう芸術のベクトルとして自分は”積み”だと思った。
 そうしていると、それなのにフォローしてくれた人たち10年分とこの個人的な問いに付き合い続けてくれた芸術10年分というのはなんとした奇特な、寛大なんだろうかという流れでかなり感謝の念が湧いた。”ションテン”という概念がその時点で振り切ったような具合になった。
 そこからこの80号が人生最後の絵になることを予感しながら3ヶ月分ぐらいの手数と構図判断を2億倍ぐらいの速度でなぜか処理でき、作品が完成した。そして西濃運輸まで運転するので廃業後の人生を考え、死去しないように仮眠を取ってから梱包して送った。

10月
 僕の画家生命は終わった。これからはもともと好きだった宮城山形福島の山の中の細い道をドライブすることを人生の中心において、その他全てを犠牲にしながら生きていこうなんてなことを本気で検討しながら非常に安定した日々を送っていた。もう最後の一枚も書いたから120年展のは適当に自分で描いた漫画のシナリオをボールペンとかで適当に4畳サイズに書いて終わりやと思って全く手をつけていなかった。
 そんな矢先、お給料をもらっている方の仕事のその日上がる寸前ぐらいに携帯に電話かかってきて、会社名で受ける私→相手「エッ」→私「エッ」とゴチャゴチャした。という流れで今回の公募がちょっといい線いったということになった。再び区切りのように思えた。ツイッターでピクニカエノマや皆さんに大々的に感謝を申し上げた。落ちた人もいるからそういうことを発表するなと言われることもあったけどインターネット的な発想だし100%間違ってると思ったので無視していたが、確かにその方がスマートだった気もする。反省。

11月
 廃業決意まで追い込まれた私も急激に機嫌を良くして、やっぱり…絵かいちゃおうかな…と思い120年展やばいと言うことに。結局やばかった。同窓の皆さんとこの瞬間にご一緒できることに一抹の嬉しさを感じた。
 弟が森山未來の演劇のチケットを買ってくれたので弟の住む世田谷区に。それプラス念願の中野ブロードウェイにてカードダスを買ったりする。東京ではギャラリー行くよりまんだらけめぐり派である。

12月
 公募展の講評会があり、再び東京へ…疲れる。しかしながらまじで絵のことしか考えてない人たち50人集まるという状況がかなり素晴らしく、地元では顔見知りになったりしてああはいかないので良かった。自分の中で明確にここに居続けなければだめだという気持ちが芽生える。どうしようかなと思う。



2016年

1月
 関係ないところで、乗っている赤ー(アカー)という名前の自動車が軽なのにリーッター7キロぐらいという意味ない状態まで燃費が落ちていることに悩まされており、基準を満たすものがあれば購入することに。赤を車検に出した時に絶対言われるタイミングベルト交換、タイヤが前後あってないので交換、カーブの時の異様な傾きももしかしたら…を踏まえた値段と同じぐらいのものがあれば絶対そっちの方が良いのである。
 元日、なこなウルモフ明けで塩釜に奇跡的な該当が爆誕しており、テンションで成約する。テンションだけが大事だ。名を黒ーン(クローン)という。

 月末、冬の疲れがピークに。
 
 
  

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Posted by yamanouchifumitaka at 21:44│Comments(0)制作日誌
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