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プロフィール
yamanouchifumitaka
83年7月生まれ、A型、男、いのしし年、かに座。山と内の間に何も無いが、先祖代々の秘密の力で無いはずの音「の」を召還し「やまのうち」と読ませている。戸籍に読みがなは無いという噂を聞くがそういうのをリアルに調べるのはそういう話じゃないしふとくねえのである。
東北生活文化大学 生活美術学科卒 宮城県仙台市在住
意味わからないものを作成しています。
 最近の1番は「トイストーリー3」
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2015年06月04日

春の嵐・・・!の巻

4/29、30
 ピクニカ、エノマがプロジェクトを終了した。ファイナルディシジョンパーティーの一部として荒井くんとのユニットホットラインズでのギグをさせてもらった。絵を描き、歌をも作るというなかなかにして欲を張った制作を、もしかしたら成立する事も無かったいびつなやり方だったような気もするが、確かにここエノマではそれをさせてもらえたんだなと最後の最後、かく闘家の角田のイントロでふざけている時に思った。8年間がこの2日間に渦を巻いた。渦の中に居たり渦の外から映画のように見ていた。この場所にネガティブな思いは無い。美しい夜はふけたのであった。

5/某日
 卒業した大学より展覧会出品者求むの檄文が届く。T展にこのところ出品していないのにこういうのだけ出しちゃうというのもちょっと微妙なのだが意味合いがちがう。はずだ。金銭面でも無理を言って行かせてもらった美術の大学、しかしながら2、3、4年は留年危うしみたいなスレスレの学生生活をおくり、卒業後も定職に就かないという従兄弟んちのおじさんとかには会う度ちょっと怒られる人生にはなったが、なんとなく受験したあの学校への進路というのは振り返れば最重要点だった。今は出て来ようも無い変態たち、精神異常、整いきっていなかった環境渦巻くあの日々から檄文をもらったのでは他にしようがない。追伸/突出して変態で重要な人たちとはすでにパンクバンドを結成していましたが、それにしても相当でした。

5/某日
 パネルを用意してしまおうと思った。今年32なので卒業制作から10年と思い至った。卒業制作が終わり貞彦先生チーム打ち上げの時に先生が、卒業制作を生涯超えられないやつが非常に多い、ということをチラッと話していてその時、そうはなりたくないものだと思ったのを思い出していた。・・・いまのところ俺もそうやという根源的な業に気付き、10年前の自分の卒制を意識した。

5/某日
 大きさを似せる事にした。あの日書いた絵は2.3m×5m。いまでは考えるだけでブルッちゃうサイズだが、ブルッちゃうことに興味がないわけでもないのでパネルを用意してしまおうと思った。この日はパネルを用意してしまおうと思った2(ツー)ということだ。

5/某日×2
 角材とラワンを買ってきた。とりあえずサイズは4畳ということに。パネルを作ることが面倒に感じた。非常に情けない。連休だったので次の日作って腰痛。

5/某日
 手元にミューズ社の誇るコットンパルプ/針葉樹パルプ50/50水彩紙の宝石、ナチュラルワトソン特厚1130mm巾10mロールをたずさえていた。水張りという行為に至るために。8m分を自作ラワンに融合。2日後、脇が全部剥がれるが水張りだけにはなかなかの腕前を発揮し無事修正。

6/2
 おととし去年の10か月展示後から絵筆が進まない日々のなかついに今日という日まで来てしまったなとしみじみしていた。なぜか、とずっと考えていたが恐らくそれは何を書こうかと考えていたからだと思った。いま、なにを書くべきか。というところまでそれは行ってしまっていた。別に後輩がいるわけでもなく、コンセプチュアルでやってきたわけでもないのにそれは非常に偉そうであり、大層でもあり、異常事態だった。自分に欠乏しているものを思春期の悪い部分みたいなもので補おうという大変マズい状況だった。

6/3
 子安武人さんの事を考えていた。あとリーバイスと、Gショックの事も考えていた。UFOとUMAのテレビも見ていた。次の車はカングーかパンダかどっちにしようかなと考え、最終的に今のミラ(アヴィ仕様車)を車検通す事にした。

 そして今、ブログを書きながら子安武人さんのことをもう一度考えていた。  


Posted by yamanouchifumitaka at 01:13Comments(0)制作日誌