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プロフィール
yamanouchifumitaka
83年7月生まれ、A型、男、いのしし年、かに座。山と内の間に何も無いが、先祖代々の秘密の力で無いはずの音「の」を召還し「やまのうち」と読ませている。戸籍に読みがなは無いという噂を聞くがそういうのをリアルに調べるのはそういう話じゃないしふとくねえのである。
東北生活文化大学 生活美術学科卒 宮城県仙台市在住
意味わからないものを作成しています。
 最近の1番は「トイストーリー3」
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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2011年05月29日

5月29日の巻




 まいちこ氏の個展に伺う。ドローイングもすこぶる良かった。負けじとエノマを予約してくる。理由のない感覚の頭打ち感をまいちこ氏の個展を見ることで払拭することができた。ありがとう。T展までにDMを作ろうと計画する。

 涼宮ハルヒ(というまんが小説があるんですが)の新しいやつを読み終わる。こういうことしてるから滞るんではないのかと言われがちで、なおかつだいたいまあそうなんですが4年の月日を隔てて出た最新刊、面白かったのでつつがなく読みましたよ。

 なんとなく知る人ぞ知るみたいな作品というのはスタンダードとして知識にしたいというのはそんなに珍でもない気持ちだと理解して頂けると思うけれども、それはたとえばオフィーリアの死であったり、Zガンダムであったりという意味でそうゆうびればん的な軽さで20世紀鉄仮面という文庫本を手に入れてみた。なまえが21世紀鉄仮面と似てる。僕は何回かこがねむしの演劇の音楽方面で参加させてもらうという貴重な機会があったが、そのなかで最も恐い(なんというか話もだけど稽古中も本番中もなんか記憶の中の映像が黒い)それと似てるタイトルのこの小説にぐっと心ひかれるものがあった。半分読んで言い回しの美しさにはすでにありがとうございますという感想を抱いとります。しかし小栗先生、調べてみたら著作がほとんど絶版ですね。残念です。  

Posted by yamanouchifumitaka at 22:20Comments(2)制作日誌

2011年05月27日

5月27日の巻




 何の因果か18:30からアンパンマンを見る。なんかかつお節に関する方の回だけ見た。なごんだぜと言いたいところだが泣いてる。もう見るべきではない。

 きのう友人とナイトクルージングの際、ガチャガチャをめちゃくちゃやる。心の意味わかんない部分がすうっとしたと今感じる。それが何かと考えようとするやつのことをちまたではカリオカ野郎と呼ぶのである。意味わかんないなんてなんていいんだろう。

 マジキャスターのスイッチが遂にフロント側にも行き過ぎるようになる。買ってからフロントを使ったのなんて10分ぐらいなのにあんまりだと思う。使わなくて風化?

 閖上大橋が開通した。夜、うちから名取に行く時は圧倒的な近道だったがいまは無常をたたえた道筋になった。こんなことがあるはずがなキザだ。こんなのはキザだ。  

Posted by yamanouchifumitaka at 22:48Comments(0)制作日誌

2011年05月20日

5月20日の巻




 昨日は、試されているのかな、というぐらい運のない日だった。試されているのか、というあたりはキザだと思う。
 キザだと思えたことは喜びだった。

 そしてジョジョリオンをちゃんと発売日に見る。謎が謎を呼ぶ。

 そういえば芸工大の企画の一環に混ぜてもらっていた。イムラアートギャラリーというところで芸工大やピクニカ周辺の方々の「いま」を描いた絵が展示されているという情報を聞きつけた。僕も今かいた絵を持ってって頂いた。出品料とかどうなのかということはついにわからなかった。この展示は明日で終わりです。

 ふざけてみる以外の取り柄を探してみる。ふざけてみる以外には「顔でごまかしてみる」ことが僕の取り柄だ。そしてそれはいつも表裏一体であり、「自分」と「ふざけてみる」と「顔でごまかしてみる」は常に三位一体だ。その象徴的にファントマイズドされた三神器に満たされた時だけ僕は僕でいられるのだなと思った。

 さくらんぼキッスという曲をまた聴きたい周期に入った。ほんとうにこれはヘリテージな曲だなと今も思う。  

Posted by yamanouchifumitaka at 22:15Comments(0)制作日誌

2011年05月18日

5月17日の巻




 たばこをセブンスターに変えた。さらばだショートホープ。

 まんがかきが夜道のシーンに入った。2倍の時間かかるぜ。そしてかかった上にこの出来だからやってられないぜ。

 そんなことをしながらも壁に立てかけてある白い板みてえなものに色を付け始める時期に来たようだ。

 ユーチューブで見ていた村八分のCDを買ってきてみる。すごく閃光な表現だ。こんなことをしたら燃え尽きるに決まっている。だが好きだった。曲は憶えてないけど。

 大河原からの帰りにかえるの声を聴く。これから夏がくるんだゲロゲロゲロリ。どんな夏になるんだろう。キザ、キザだからやめた。
  

Posted by yamanouchifumitaka at 01:01Comments(0)四季おりおり

2011年05月09日

5月8日の巻




 きょうはひげそりのときに泡がやけにしゃぼん玉みたいになって大変だった。今日のひげそりは本当に大変だった。

 テレビゲームのために時間を取るというスタイルでゲーミングしないのに、テレビに繋ぐタイプの機種のソフトを買ってしまうことがある。江戸時代を歩けるって言うから。テレビの前にすわってファミコンをする時ってなんかお膳立て感があってこの期に及んでやれない感がある。

 なんか毎日かいてるのにまんが上手くならないな、というのが最近気になる。気になるって言うのもおかしい。

 最近輪をかけて話がまとまらない。

 2000円ぐらいの洋服と700円ぐらいの洋服を買ったとする。そして執拗に700円の方ばかりを着る志が気になる。この場合でも”志”の部分がおかしい。

 市原くんのツナギにもかいてあった言葉だ。

 いまもいいけどやっぱりリリィシュシュの時の彼が好きだ。  

Posted by yamanouchifumitaka at 01:29Comments(2)制作日誌

2011年05月07日

5月6日の巻




 100号以上の大作を何回かかいたことがあるんだけども、パネルを作るか買うかし、支持体を張った状態の白パネというのは非常にどうしようという風に困ることから始まるみたいなところがわたしはある。今年のT展はそれに挑戦しようと今日、紙を張ってみた。

 不思議と紙を張っている最中から何故か感動が。

 なにがコレなのかわからないが、コレだと思うような瞬間もあった。白なんだからコレのはずないんだがコレだ。

 張り終わって立てかけて、前にすわるといろいろなことを思いだすような思いださないような心地になった。僕は水張りを失敗したことがない。紙を使うのに水張りを失敗するヤツはまじで最悪なんだ。と、こう思っていたのは学生の頃だ。ホワッとした気持ちになりすぎて今日久しぶりに思った。

 よけいな話はほどほどに、頭に下図ができたところだ。紙に下図をやがてかくだろう。下図をかかねえヤツはまじで最悪なんだ。と、こう思っていたのは学生の頃だ。なんでもいいことだ。わたしの燃える手だけが真実だ(?)。

 物語、絵、音楽、数学の証明問題、ドキュメンタリー、ウリナリ・・・何回も思い何回も忘れまた思うたびに輪をかけてわなわなする。本当にどんな気持ちになるかだけの問題なんだ。  

Posted by yamanouchifumitaka at 01:13Comments(0)制作日誌