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プロフィール
yamanouchifumitaka
83年7月生まれ、A型、男、いのしし年、かに座。山と内の間に何も無いが、先祖代々の秘密の力で無いはずの音「の」を召還し「やまのうち」と読ませている。戸籍に読みがなは無いという噂を聞くがそういうのをリアルに調べるのはそういう話じゃないしふとくねえのである。
東北生活文化大学 生活美術学科卒 宮城県仙台市在住
意味わからないものを作成しています。
 最近の1番は「トイストーリー3」
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2011年04月29日

4月29日の巻




 一大事、ビーヤング本気閉店か?

 奥側の2階3階のコンクリート壁が崩落していて、これは十中八九完全閉店のもようです。遂にこの時が来たのか・・・。

 1万円以上するポスター額が1500円など額関係狙い目でしたが、ビーヤングが無くなるというのは仙台圏の青少年にとって痛手になりますなあ。バービー&ケンのスタートレックバージョンとかわけわかんないものはまだありました。来月給料が出たらまた散財しにいってビーヤングにありがとうさよならをしようと思っています。今までも買ったことは3回ぐらいしか無かったですが存在自体が重文でしたからね。

 切ないな・・・NACONAURRMOFFでも聴くか、という方はこちら

 鉄人兵団ですが、わたし・・・わたしが不思議・・・な日々をあしたもはりきることになりそうです。  

Posted by yamanouchifumitaka at 23:33Comments(0)四季おりおり

2011年04月27日

4月26日の巻




 満を持してNACONAURRMOFF(読み/なこなウルモフ)myspace参戦。参戦というかアーカイブですが良かったら聴いてみてください。地震でカセットとか壊れたら記録が無くなるという助言のもと、楽しくなってしまって夜な夜なやりました。

まあ・・・そうだな、NACONAURRMOFFを聴いてみるか

 ↑リンクです飛んでいきます。

自分が読み返す為の紹介

デサキ・デポにて、まんが同人誌を描く人がよく作る「ペーパー」という会報誌のみを作るユニット「機動チョイナホガンダホビーナス@meguriai-sora」として活動し最終的には少し虐げられていた八木高の応援団委員会の2人が居た。そのころ「柴田高校野球部室」では男がイロンなことに目覚める時を待ちながらゴイステのファーストを聴いていた。

時は流れて八木高の2人の片方はまんがを描く猶予期間を求めて大学へ、片方は渡部先生に願書を書いてもらったし、音楽を愛していたので音楽専門学校へ進学。そのころユニット名を©あこライムに転生させた2人は、応援団委員会への思いを綴った自作曲を演奏するバンドを作ろうという雰囲気を醸し出していた。そこに男が現れた。

運命の輪がバチバチと稲光を放ちながら、ギター/ホットクリッカーJUNJI、ベース/J.S.Yuch、ドラムス/打打 満の、あのままやってたら恐らくほどなくして100%捕まっていたロックバンド・なこなウルモフが集結。短い活動期間を歩み始めた。

島村楽器店のBスタジオで3年の活動期間のうちの2年半以上を費やし、ライブハウスEnnで1回ライブをやってそのあとは星になった。細かいことが流星群のように星の夢の終わりに駆け巡った。いろんな思いもありますが言いますまい。

なこなウルモフmyspaceにあげてある曲は、過程でもっとも濃密な3人だった2002年秋、某大学フォークロック部室にてかろうじて記録されたベストテイクになっております。個人的な思いなのでわかるわけ無いんですが、一応今日はこういったことを・・・。

わたしもあしたはりきります。

  

Posted by yamanouchifumitaka at 01:43Comments(3)四季おりおり

2011年04月20日

4月20日の巻




 意味ない絵。

 買ってきたCDの1曲目も聞き終わらないうちに寝る。音楽性とかではなく聞き始める前からもうかなり眠かったのが問題だ。

 ヘンリダーガーの部屋の写真集を探すも時すでに遅し。あとからやっぱり見たくなる理由に一貫性は求められないのでしょうがないと思おうとする。でもMOTOKO氏の京都の写真集を3年の時を経て見つけたパターンを思いだして望みを捨てないことにもする。

 画集見てる場合じゃないので山に行きたいと思う(二日連続)。

 いま、ピクニカでいいヤツやってます。  

Posted by yamanouchifumitaka at 22:52Comments(0)制作日誌

2011年04月20日

4月19日の巻




 ピクニカが今日から営業再開になっています。ドリンクメニューのみ頼めるようです。ピクニカではピクニカ周辺アーテスト有志によるグループ展「開花宣言/展」、エノマでは今年卒業の後藤さんという方の個展が開催されております。山内兄弟も出品させてもらってます。

 今年は春の第一段階のピークをこんな感じで迎えるんですなあ。このまま季節はほとばしってゆくんですなあ。大自然はこの地球の何よりもハードコアなんですなあ。

 画集見てる場合じゃないと思って、次の休みに山行こうと思ってます。あしたも全体的にやれそうな雰囲気です。なにやってるかわからないし、なに言ってるかわからないといってるものほど意味わかんないんですよね。あしたも是非見したりましょう。  

Posted by yamanouchifumitaka at 00:17Comments(0)制作日誌

2011年04月17日

4月16日の巻




 パネルにドローイングをする。がむしゃらな気分だった。こんなにも人も街も平穏を装いつつある仙台。もとの自分とショッキングな自分を行き来しながら平和な姿の街だった。

 最近ひまをしている、地元のというか家から徒歩1分のところに住むダチ公と下飯田、三本塚の方に軽い気持ちで行った。お互い気持ちも落ち着いたところがあり、すこしやじうまな感情だった。一桁の年齢からの生活圏であり、普通に遊びにいってた友達んちとかあったし、中学の部活ではランニングとかしてたあたりだったから、どうにか助かった姿を確かめに行ったという感じだった。波がかぶったとか言うことは全く聞いていなかった。しかしながら、かなりなんというか、松の木とか、小舟とか、あと海の匂いがあった。海の水がどうやら出身中学までうっすら来ていたようだ。東部道路の向こうはテレビどおりにきずつけられていて、ちょっと僕たちはいたたまれなくなった。
 
 真昼間でかなり暖かい陽気の中、少し元気を取り戻した六郷において、津波の被害のなかった町内会に住む私どもにとって、知らなかったそれは非常に恐かった。あの黄昏時、ヘリコプターの警報の向こうでこんなに恐いことが巻き起こっていたのであった。こういうものを見る度にまだ何も終っていないと思うというのはどうやらほんとの話だった。

 それ以来めちゃめちゃタバコを吸ってしまう病にかかる。早く治さなくてはいけませな。

 2月19日からの美術カフェPicnicaのグループ展に出品させてもらうことになりました。今年は仙台のいかなるアーティストも、ほとばしるものを抑えることができない、飽き足りない、それどころか常に満ち足りない。そんな気分なのです。  

Posted by yamanouchifumitaka at 02:22Comments(0)制作日誌

2011年04月12日

4月11日の巻




 六郷に都市ガスがやってきました。感涙と感謝。ガス関係ないけど太一サンほんとうにお疲れ様です。 

大きい余震などへの発言などは若干逸してる部分もあるので、いろんなものが落ちたのが2回目だということについてだけ記して僕自身も逸したいと思います。

 トランス状態が解け始め、ドカッと疲れがのしかかってきたような感じに。いったい何をしたというんだろう。

 過渡期に内外浅深ゴチャッとしてる感じの日々の中でところてん的に時間に押さえられ押されて、全く説明のつかない行動もごまかしたりしている。今までの思い出の中の説明のつかない体験を思いだしたりする。ひがないちにち空想にふけりたいものだ。

本日の魂の歌 「きこえるかしら」/大和田りつこ

11日、12日は強い余震の警戒日になっているようです。今日も気をつけていきましょう。  

Posted by yamanouchifumitaka at 00:46Comments(0)制作日誌

2011年04月04日

4月3日の巻




 六郷もまだ拭き男です。
 
 いまから心の燃えゆくままに絵を描いたると思っているうちに歌を作ったりする。相当意味わかんない歌になった。
 
 意味わかんない曲が、ほんとは意味わかんなくなくて、逆に意味わかるんじゃないだろうかというのが最近の持論になったので、努めて意味わかんない曲(ほんとはわかるけど)だけ最終段階に持っていくようにしている。この流れでいけば晩夏にはゴミクズみたいなCDが作れそうだ。子供の頃ゴミクズを作ろうとしていた時の気持ちに似ている。あれほど作る歓びを感じたことはなかった。

 あしたも全体を通して、はりきってまいりましょう。  

Posted by yamanouchifumitaka at 02:41Comments(4)制作日誌

2011年04月02日

4月1日の巻



 バイトをしに朝から出張った日になった。僕のバイト先は奇跡的に潰れなかった。いろいろとお金の出る月となったのでそこについても張り切らなければならないものがある。

 この前ピクニカでの展示の時、子安サンの御名前を冠させて頂いた。題名をつける時は気持ちの高まりをアタリを取るような距離から感じるような付け方をしていたいと切に願っている。声優さんというのはもっと尊敬されるべきなのだ。大塚芳忠サン。大塚芳忠サン。

 神聖かまってちゃんがアニメの最初の歌にと提供した曲がすご過ぎる。なぜここまでオーティーケー文化に極々が集まるのだろう。景気とか認知度に関わらず終わりなき祭りを体現し続けるその姿の一部に若干の透明感がよぎっていると感じる。むき出しにならざるを得なかったものの姿にヒヤヒヤする。

 若林区の体 拭き男率が100%かもしれないと今日感じた。若林区のというか六郷の。私はあしたはりきります。  

Posted by yamanouchifumitaka at 00:18Comments(2)