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プロフィール
yamanouchifumitaka
yamanouchifumitaka
83年7月生まれ、A型、男、いのしし年、かに座。山と内の間に何も無いものの、先祖代々の秘密の力で無いはずの音「の」を召還し「やまのうち」と読むようにさせて頂いています。

東北生活文化大学 
生活美術学科卒 
宮城県仙台市在住
意味わからないものを作成しています。
と、綴ってから10年、そんな日々を送りながら思うのは、意味わからないというか無いもの、打ち消しあって無くなってるものが最終的にはよいのだと思います。
 最近の1番は「トイストーリー3」
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2011年04月17日

4月16日の巻




 パネルにドローイングをする。がむしゃらな気分だった。こんなにも人も街も平穏を装いつつある仙台。もとの自分とショッキングな自分を行き来しながら平和な姿の街だった。

 最近ひまをしている、地元のというか家から徒歩1分のところに住むダチ公と下飯田、三本塚の方に軽い気持ちで行った。お互い気持ちも落ち着いたところがあり、すこしやじうまな感情だった。一桁の年齢からの生活圏であり、普通に遊びにいってた友達んちとかあったし、中学の部活ではランニングとかしてたあたりだったから、どうにか助かった姿を確かめに行ったという感じだった。波がかぶったとか言うことは全く聞いていなかった。しかしながら、かなりなんというか、松の木とか、小舟とか、あと海の匂いがあった。海の水がどうやら出身中学までうっすら来ていたようだ。東部道路の向こうはテレビどおりにきずつけられていて、ちょっと僕たちはいたたまれなくなった。
 
 真昼間でかなり暖かい陽気の中、少し元気を取り戻した六郷において、津波の被害のなかった町内会に住む私どもにとって、知らなかったそれは非常に恐かった。あの黄昏時、ヘリコプターの警報の向こうでこんなに恐いことが巻き起こっていたのであった。こういうものを見る度にまだ何も終っていないと思うというのはどうやらほんとの話だった。

 それ以来めちゃめちゃタバコを吸ってしまう病にかかる。早く治さなくてはいけませな。

 2月19日からの美術カフェPicnicaのグループ展に出品させてもらうことになりました。今年は仙台のいかなるアーティストも、ほとばしるものを抑えることができない、飽き足りない、それどころか常に満ち足りない。そんな気分なのです。  

Posted by yamanouchifumitaka at 02:22Comments(0)制作日誌